生活保護の申請に行ったけど書類さえ書かせてもらえず却下された思い出

最近、生活保護を考えるようになった。

いずれは親も亡くなり、今の甘えた生活から自立しなくてはいけない。

だが、私にはそんな力がない。

最後に残されたのは、生活保護という敗者の選択だけなのだ。

 

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実を言えば、30代の頃に一度生活保護の相談に行ったことがある。

当時、私はアパートで一人暮らしをして資格試験浪人をしていたのだが、どうにもこうにも生活が成り立たなくなってしまっての事だった。

最終的には親に助けを求め実家へ帰ることとなったわけだが、その時の不安と不信感は今でも頭から離れない。

 

食べる物がなくなり、水道水しか口に入れることができなくなった状態になって初めて餓えの恐怖がわかった。

家賃も滞納し、公共料金も未払い。

もうすべてがドン詰まりの状態だった。

それと同じ状態が、親が亡くなった後の自分に再度訪れるであろう不安。

 

国に対しては不信感でいっぱいだ。

役所に生活保護の相談に行った時の、職員たちの蔑むような目つきと態度が忘れられない。

精根尽き果て、プライドの全てを捨てて頼ってきた人間(私のことを指す)をああも冷酷に扱えるなんて、正直言って信じられなかった。

生活保護の申請はおろか相談さえも受け付けてくれなかったのだ。

 

当時の自分は世間知らずだったが、役所というのは基本的に生活保護は認めないらしい。

なので申請するには然るべき団体に相談して、同行してもらうのが段取なのだ。

でないと、体よく追い帰されてしまう。

 

 

ところで皆さんは、生活保護を受けている人がどういう人か知っているだろうか?

 

実を言うと私は知らなかった。

なので、役所での辛い一件をキッカケにいろいろと調べてみたんだが、大ざっぱに言うと「最底辺よりワンランク上」の連中だ。

最底辺の連中というのは本当に何も知らないし、分らない上に誰も助けてくれる人間の居ない人々のことを指す。

 

生活保護を受けようと思ったら、ある程度の知識といおうか要領が無いとダメで、それなりに世間知に長けていていないと申請すら難しい。

なので上記のような表現となったわけだが、ワンランク上といってもそんなに大げさなものではなく、その手の本を読んだりネットで調べたりするぐらいのことで十分なのだが。

もし可能ならそれなりの支援団体とのつながりを持てるぐらいの世術があれば尚良しだ。

 

ところが、こういったことすら出来ないのが最底辺の連中で、この最も保護されるべきであろう連中はまったく福祉の網から漏れてしまっているのが現状なのだ。

私が社会問題を論じるなどとは片腹痛く思われる向きもあろうが、私にとってこの現実は驚くべきことであった。

だからといってボランティア活動をしているわけでもなく、ただただ文句を並べているだけなのだが。

 

もしかしたら近い将来、自分も最底辺の中に堕ちて行くのかも知れない。

そんな予感が、する。